前回『手術を受けました』のつづき。
ガン告知も甲状腺全摘手術することも、淡々と受け止めました。
我ながら、まぁまぁ肝が据わっているようです。
あとは粛々と治療するだけだし、この体験を味わうこと、その先に何があるのかを楽しもう。
そんな風に思いながら、告知のその場で主治医の先生と手術日を相談しました。
先生のスケジュールで、最短で2ヶ月半後の手術日を提案してもらいましたが、そこだと祝日を挟んで術前入院が長くなります。
姉が手伝いに来てくれるとはいえ、高齢の両親だけ自宅に残すことになるので、少しでも入院が短い方が助かると思い、約3ヶ月後の日程に決めて帰って来ました。
元々自覚症状も何も無かったので、知識としては、甲状腺って喉の辺りにあって、成長や代謝に関わっているらしいという程度でした。
それが不思議なもので、病名がついた途端、甲状腺と腫瘍が輪郭を持つようになりました。
細胞を調べるために針を刺したので、「ここ」という場所がわかります。
つい意識が向いてしまい、触れたり動いたりするのがためらわれ、緊張状態から首肩周りがカチカチになってしまいました。
普段ならケアで流すのですが、下手に刺激すると悪化したり悪いものが流れ飛んだりするのではないかと思うと不安になったりして。
実際、告知から1ヶ月半くらいは、甲状腺から耳下腺まで腫れぼったく、頭が重くすぐ眠くなって起きていられない時期がありました。
手術を延ばして大丈夫だったのか?
全摘しか手段はないのか?
自分でもつい考えてしまいます。
良かれと思って色んな方が色んなことを言ってきます。
「ガンには〇〇がいいらしいよ。」
有り難いです。
善意です。
でも、あくまで私自身の精神状態として、「それを飲まないと悪い結果になる」ような考えに陥りそうで、負担に感じることもありました。
スピリチュアル的に喉や甲状腺の病気の意味を解説してくれる人もいます。
「我慢してた?」
「自由に言いたいこと言った方がいいよ。」
我慢せずに生きてる人なんているんでしょうか?
言いたいことを自由に言って、私の毒気で誰かを憤死させるより、言わないことを選ぶことだってある訳です。
生き方を責められている気持ちになりました。
手術がどれ程痛いかを教えてくれる人もいます。
もう脅しです。
極めつきは、老老介護の母の愚痴がのしかかってきます。
「ごめんけど私、今それどころじゃない。自分のことでいっぱいいっぱいやん。」
そうキレてしまったこともありました。
物質的な面と生活習慣は、基本的には今まで通り暮らすことにしました。
1つ積極的に摂ったのは、自分が長年扱ってきたサプリメントの中のカテキン。
しっかり摂るようになったら、リンパの腫れも落ち着いてきました(個人的な感想です)。
リンパの腫れは体を守ろうとしてくれている心強い反応なんだ、体に感謝だわと思えるようになって、気持ちも落ち着きました。
散歩する気分にもなれて、腕を振って歩くと首肩こりも少しほぐれてきました。
あと、手術が近くなって出会ったナノバブル活性水素水(水素マイナスイオンの水)も支えになりました。
役に立つ物質(食品やサプリメントや水など)や療法は、本当に人それぞれだと思います。
一番の要は、どんな心持ちで過ごせるか。
それしかない気がします。
頭ではわかっていても、「そこ」に至るには期間が必要です。
私の場合、不安の波が来ているときに一方的に励ましたり諭されたりするのが結構辛かったです。
その人自身の不安を解消したいために、「大丈夫よ、大丈夫よ。」と繰り返されるのも重い。
そんなこと分かっているし、大半の時間そういう気持ちで居るつもりなのですが、ネガティブな波もやって来るし、手術や術後の痛みへの恐怖もある訳で。
それはそれとして認めて味わわないと、先には進めないのです。
不安なときは、一旦不安なままでいいと思います。
少し浮上する兆しをキャッチしてそっと後押ししてもらうと、涙が出るほど嬉しかったです。
心が病気を作ると言われます。
私もそう思ってきたし、そんなことを書いたり伝えたりもしてきました。
でも、自分がガンになってみて思いました。
「クソ喰らえ。」
大事に使っているものでも、壊れるときは壊れる。
病気の原因を、方程式のように生き方に意味付けされてたまるもんか。
自分自身、なんて乱暴で一元的な考え方をしてきたんだろうと猛省しました。
傷付けてしまった人もいたかもしれません。
病気をきっかけに見直すことはあると思います。
確かにメッセージかもしれない。
でも、それで今までの人生を否定するような気持ちになる必要はないし、ましてや人からどうこう言われることでもない。
まぁ、こんな頑固さが病気を作るのだよと言われればそれまでですがね。
行き着いたところ、これはステージアップのための贈りものだと思えるようになりました。
そんな心境になるには、人から言われても本を読んでもダメなんです。
自分に必要な分もがいて、辿り着いて初めて自分のものになるのでしょう。
そんなこんなを乗り越えて、入院日を迎えることになります。
つづく。