今日もほんわか

心と体のほんわか手当てをしています。

日常やケアを通して感じることを綴るブログです。

皆さまがご自分らしい元気で満ちますように。

堤 文子



前回『手術を受けました』のつづき。


ガン告知も甲状腺全摘手術することも、淡々と受け止めました。

我ながら、まぁまぁ肝が据わっているようです。

あとは粛々と治療するだけだし、この体験を味わうこと、その先に何があるのかを楽しもう。

そんな風に思いながら、告知のその場で主治医の先生と手術日を相談しました。

先生のスケジュールで、最短で2ヶ月半後の手術日を提案してもらいましたが、そこだと祝日を挟んで術前入院が長くなります。

姉が手伝いに来てくれるとはいえ、高齢の両親だけ自宅に残すことになるので、少しでも入院が短い方が助かると思い、約3ヶ月後の日程に決めて帰って来ました。



元々自覚症状も何も無かったので、知識としては、甲状腺って喉の辺りにあって、成長や代謝に関わっているらしいという程度でした。

それが不思議なもので、病名がついた途端、甲状腺と腫瘍が輪郭を持つようになりました。

細胞を調べるために針を刺したので、「ここ」という場所がわかります。

つい意識が向いてしまい、触れたり動いたりするのがためらわれ、緊張状態から首肩周りがカチカチになってしまいました。

普段ならケアで流すのですが、下手に刺激すると悪化したり悪いものが流れ飛んだりするのではないかと思うと不安になったりして。

実際、告知から1ヶ月半くらいは、甲状腺から耳下腺まで腫れぼったく、頭が重くすぐ眠くなって起きていられない時期がありました。


手術を延ばして大丈夫だったのか?

全摘しか手段はないのか?

自分でもつい考えてしまいます。


良かれと思って色んな方が色んなことを言ってきます。

「ガンには〇〇がいいらしいよ。」

有り難いです。

善意です。

でも、あくまで私自身の精神状態として、「それを飲まないと悪い結果になる」ような考えに陥りそうで、負担に感じることもありました。


スピリチュアル的に喉や甲状腺の病気の意味を解説してくれる人もいます。

「我慢してた?」

「自由に言いたいこと言った方がいいよ。」

我慢せずに生きてる人なんているんでしょうか?

言いたいことを自由に言って、私の毒気で誰かを憤死させるより、言わないことを選ぶことだってある訳です。

生き方を責められている気持ちになりました。


手術がどれ程痛いかを教えてくれる人もいます。

もう脅しです。


極めつきは、老老介護の母の愚痴がのしかかってきます。

「ごめんけど私、今それどころじゃない。自分のことでいっぱいいっぱいやん。」

そうキレてしまったこともありました。



物質的な面と生活習慣は、基本的には今まで通り暮らすことにしました。

1つ積極的に摂ったのは、自分が長年扱ってきたサプリメントの中のカテキン。

しっかり摂るようになったら、リンパの腫れも落ち着いてきました(個人的な感想です)。

リンパの腫れは体を守ろうとしてくれている心強い反応なんだ、体に感謝だわと思えるようになって、気持ちも落ち着きました。

散歩する気分にもなれて、腕を振って歩くと首肩こりも少しほぐれてきました。

あと、手術が近くなって出会ったナノバブル活性水素水(水素マイナスイオンの水)も支えになりました。


役に立つ物質(食品やサプリメントや水など)や療法は、本当に人それぞれだと思います。

一番の要は、どんな心持ちで過ごせるか。

それしかない気がします。



頭ではわかっていても、「そこ」に至るには期間が必要です。

私の場合、不安の波が来ているときに一方的に励ましたり諭されたりするのが結構辛かったです。

その人自身の不安を解消したいために、「大丈夫よ、大丈夫よ。」と繰り返されるのも重い。

そんなこと分かっているし、大半の時間そういう気持ちで居るつもりなのですが、ネガティブな波もやって来るし、手術や術後の痛みへの恐怖もある訳で。

それはそれとして認めて味わわないと、先には進めないのです。

不安なときは、一旦不安なままでいいと思います。

少し浮上する兆しをキャッチしてそっと後押ししてもらうと、涙が出るほど嬉しかったです。


心が病気を作ると言われます。

私もそう思ってきたし、そんなことを書いたり伝えたりもしてきました。

でも、自分がガンになってみて思いました。

「クソ喰らえ。」

大事に使っているものでも、壊れるときは壊れる。

病気の原因を、方程式のように生き方に意味付けされてたまるもんか。

自分自身、なんて乱暴で一元的な考え方をしてきたんだろうと猛省しました。

傷付けてしまった人もいたかもしれません。


病気をきっかけに見直すことはあると思います。

確かにメッセージかもしれない。

でも、それで今までの人生を否定するような気持ちになる必要はないし、ましてや人からどうこう言われることでもない。

まぁ、こんな頑固さが病気を作るのだよと言われればそれまでですがね。

行き着いたところ、これはステージアップのための贈りものだと思えるようになりました。

そんな心境になるには、人から言われても本を読んでもダメなんです。

自分に必要な分もがいて、辿り着いて初めて自分のものになるのでしょう。



そんなこんなを乗り越えて、入院日を迎えることになります。

つづく。

昨年末、甲状腺にガンが見つかり、3/13(木)に甲状腺の全摘手術を受け、今日無事に退院しました。

ひとまず順調に日に日に回復しております。


昨年11月に受けた人間ドックで甲状腺の萎縮(橋本病)と腫瘍が見つかり、12月に精密検査を受けました。

甲状腺は首の前面にある蝶の形をした臓器で、代謝や成長に関わるホルモンを分泌する器官です。

橋本病は原因未解明の自己免疫疾患で、これがあると甲状腺が慢性炎症状態になって、出来ものができやすいそうです。

私の腫瘍は甲状腺の左右両方にあったらしく、右はほぼほぼ悪性、左も同様に悪性の可能性が高いということで全摘手術を決めました。

説明を聴いたときも割と淡々としていて、「ガーン!」とまではきませんでした。

後は粛々と治療を受けるだけだなと。

ただ、甲状腺の真裏を声帯の神経が通っているので、手術の状況では神経に麻痺が出て、一時的かずっとか、声枯れ、声変わり、最悪声が出なくなるリスクもあるとのこと。

私「えー、先生、私、歌うんですけど・・・。」

主治医「う〜ん、今のキーは出なくなるかもなぁ。変わらず歌えてる人もいるけどねぇ。」

低くなろうが枯れようが、その時はその声で出来る音楽をすればいいし、鍵盤だって他の楽器だってあるし、ケアは話さなくても出来るし、コミュニケーションの方法はいろいろあるし。

でも歌えなくなるのは淋しいなぁと思ったのは、自分でも結構意外でした。

成り行きでボーカルをするようになった気分のままでしたが、自分の中で大きな部分を占めるようになっていたのだなぁと知りました。


とにかく、自覚症状もありませんでしたし、コッポリ取れるところに出来ているし、術後の治療も確立しているし、見つかってよかった、(他の方と比べてではなく、自分の体験することとして)恵まれたなぁと思いました。

「淡々と、粛々と」を心掛けて過ごしたものの、不安定になることもあって、いろんな方たちに支えていただきました。

楽観しながらも覚悟はして臨んだ手術は無事成功、お陰で声も失わずに済みました。

ありがたいです。



これまで共に過ごしてきた甲状腺さんが居なくなったので、助っ人甲状腺ホルモン剤さんと共に暮らしていくことになります。

どれくらい補充(朝1回錠剤を飲みます)していくのか、時々血液検査をしながら量を調整していくそうです。

甲状腺を大きく取ると起こりがちな低カルシウム血症で若干の手のしびれ等が出ましたが、もうほとんど落ち着いて、きっとハンドパワー増し増しに違いないと個人的には思っています。

声は、喋る分には不自由ありません。

歌うとなると、まだ声帯の振動も不安定で、高い声は出ませんねぇ。

どこまでどんな風に歌えるようになるか、これからが楽しみです。


新しいフォーメーションに折り合いをつけながら、少しずつ慣らしていくつもりです。

たくさんの応援、サポート、本当に感謝しています。

愛をいっぱいお返ししながら生きていきたいと思っています。

これからもよろしくお願いします。

母が膝を人工関節にする手術を受けた後、杖を手放せない時期がありました。

転ばないようにが1番ですが、周りの方々が気を配ってくださる副効用を感じました。

関節の不具合は外目にはわかりませんが、杖を持った人がいると「ぶつからないように」とか「大丈夫かな?」と見守り気遣ってくださいます。

ありがたかったです。



自治体が配布している「ヘルプマーク」や「ヘルプカード」というものがあります。

外見からは分からなくても援助や配慮を必要としている人が、周囲にそのことを知らせるためのマークとカードです。

目や耳、言語の障害、内部障害や難病、知的障害、精神障害、認知症、義足や人工関節、妊娠初期の方など…。

ヘルプマークを身に着けた方を見かけた場合は、電車・バス内で席を譲る、困っているようであれば声をかけるなど、思いやりのある行動を促すものです。


マークに頼らずお互い配慮や援助し合うのが理想ですが、援助を求めにくいとき、声をかけていいか迷うとき、コミュニケーションの助けになるのはいいですね。

何年かぶりに大河ドラマを観ています。

『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』

江戸のメディア王と呼ばれた蔦重(つたじゅう)こと蔦屋重三郎が、出版の世界で成り上がる波乱万丈の物語。

大河ドラマを面白いなぁと思うのは久しぶりです。


蔦重は平賀源内から版元の名前『耕書堂』をもらいます。

「書を持って世を耕す」ように、と。

「耕す」っていいなぁと思いました。



日本を代表する精神科医、中井久夫先生の言葉に「病棟を耕す」という表現がありました。

診察室で患者を診るだけでなく、病棟に入ってすれ違う患者さんに挨拶したり言葉を交わしたりすることの大切さを仰っていたと思います。


すれ違う子どもが挨拶してくれたり、買物先の店員さんの応対が清々しかったりすると、心がほっこりします。

そういうことで心や環境が耕されていくのでしょうね。

短絡的に言うのは難しいですが、それが防犯や売上アップに繋がっていく気がします。



私も、ケアを受けてくださる方、ケア教室のお仲間と色々たくさんお話をします。

ケアとは関係なさそうにも見えることでも、そんな時間でお互い心を耕しているのだなぁと感じます。

心がほぐれてくるとケアの波動も深く染みて、体も耕されやすいです。

ほこほこに耕された心と体には、自分らしい元気が湧いてきます。

ほこほこの土壌で居ることをただ味わうのもいい、自分らしい植物を育てるのもいい。

イメージするだけで、なんだかほっこりワクワクします。


少しずつ地道に、耕すことを楽しんでいきたいです。

ひな祭りのお菓子「菱餅」、子どもの頃は一層ずつ剥いで食べるのが好きでした。

一説によると、植物の「ヒシ」は繁殖力が強いため、その形を模した菱餅に子孫繁栄や長寿の願いを込めたのだとか。

3つの色は、

桃色 「魔除け」 (桃の花)

白色 「清浄」または「子孫繁栄」 (雪)

緑色 「健康」 (新芽)

を意味し、雪の下には新芽が芽吹き、上には桃の花が咲いているように見立てているのだそうです。

初めて知りました。


私たちの体にも菱形の筋肉があるのをご存知ですか?

菱形筋(りょうけいきん)といって、背骨と肩甲骨の内側縁を繋いでいます。

肩甲骨を寄せて胸を広げる、肩をすくめる、手を背中側に回す動きなどで働く筋肉です。

若々しく健康な背中は、菱形筋が肩甲骨をググッと引き寄せることができるので、天使の羽のように見えますね。

でも、デスクワークやスマホなど長く同じ姿勢でいると猫背になりやすく、また心因性のストレスや老化でも背中は丸まりがち。

菱形筋の動きが悪くなり、肩甲骨が胸郭に張り付いたように動かなくなったり、本来真後ろにあるべき肩甲骨がハの字に開いて背中から滑り落ちて肩が内側に入ったりしてしまいます。

菱形筋は背中表面にある僧帽筋の奥にあるので直接は触りにくいですが、肩こりで肩甲骨の間の奥の方が辛いな〜というときは、菱形筋の動きが悪くなっているかもしれません。

書きながら私自身「あ゛~」と思い当たるのですが。



菱形筋をストレッチして血行が良くなると、肩こり改善や綺麗な姿勢に繋がります。

両腕を前に伸ばして組んで、息を吐きながらおへそを覗き込むように背中を丸めるストレッチ。

自分をぎゅーっと抱きしめるハグストレッチ、などなど。

ネットにたくさん紹介されていますので、ご自分に取り入れやすいものを探してみるのはいかがですか。

2007年1月、家へ帰る夜道を運転中、交通事故に遭いました。


向こうこっち1車線ずつの住宅街の割と主要な通りを走っていると、右の脇道から一時停止することなくフラフラと軽自動車が左折しようと出てきました。

対向車のライトはすぐそこまで来ていて、あぁもうこれはぶつかるなと直感。

ブレーキを踏みつつ、目一杯左に寄せます。

対向はクレーン付き2トントラックで、反射的に軽自動車を避けて、私に突っ込んで来ました。

近づいてくるトラックのライトがパーッと明るく、SF映画のシールドに包まれたようで、恐怖感はありませんでした。

後から、映画『マトリックス』のトリニティーが、トラックが突っ込んでくる電話ボックスから瞬間ワープしたシーンみたいだったなと思ったりして。

衝突の瞬間ブレーキを抜いたので、かなり押し戻された模様。

ほぼ正面(若干オフセット)衝突でしたがエアバックも出ず、体が挟まれるようなこともなく、車の前の方はぐっしゃりでも修理可能な程度。

相手のトラックは軸が折れて道を塞いでしまい、脇道の軽自動車はコソッとバックして無関係かのように停まっていました。

3台とも同乗者はなし。


トラックの運転手さんが血相を変えて飛んで来られました。


ト「大丈夫ですかっっっ!?」

私「大丈夫です。あなたは大丈夫ですか?」

ト「僕?…は・・・大丈夫です・・・けど。」

私「お互いよかったですねぇ~。」


たぶん大惨事を想像しておられて、拍子抜けしたのでしょう。

私は、とっさに「あなたは大丈夫ですか?」と出た自分に安心しました。

普段いくら良い人ぶってみても、こういう場面では素の自分が出るもの。

私の根はそう悪い人間でもなかったようです。



その後はなかなかドラマチックでした。


軽自動車の運転手さんとトラック運転手さんとの言い合い。

軽「僕じゃない、僕は関係ない。」

ト「あんたが出て来たのを避けて、こげんなったったいっ!」

(詳細記述は自粛)


それを聞きながら自分で110番に電話して事故処理。


他の車は通れないので、警察の方がUターンの誘導をしてくださっていると、車から降りてきた女性がひとしきり文句を言って、

「もーっ!なにやってんのよっ!」

と捨て台詞。

え?なにって、だから事故です、こちら命拾いホヤホヤです、はい。

お急ぎのご事情があられたかもしれませんが、その警察の方は何も悪くないです。


そんなこんな事故処理がほぼ終わる頃には、寒さと緊張と衝撃とで吐き気がしてきたので、念のため救急車で病院に運んでもらい、検査で異常ないことを確認しました。



翌日だったか、双方の運転手さんがそれぞれ謝罪に来られました。

軽自動車の運転手さんは、奥さまとご一緒に。

ご主人はまだ「自分のせいじゃない」と思っておられたのか口下手なのか、下を向いてモゴモゴと謝っているのか何なのかという感じ。

ただ、奥さまの誠意は伝わりました。

風邪気味で薬を飲んで少しボーっとしていたところ、自宅が近くなって気が緩んだのだろう。

「あのまま(軽の運転席側に)トラックが突っ込んでいたら、夫の命は無かったと思います。

こんなことになって本当に申し訳ないですが、あなたは命の恩人です。」

と、謝罪と感謝を繰り返しておられました。

事故現場でのご主人の言動にあきれ果ててはいましたが、誰も命を落とさず大ケガもせずに済んだことに、ここでも私、

「よかったですね。」

と思ってしまう訳です。



ただ、大ケガはなかったとはいえ、その後は様々な不調に苦しむことになります。

シートベルトの打ち身、首肩のハリ、左手首が痛くて反せない、眼の充血、歯の詰め物がとれる、うつ症状など。

でもそれがあったお蔭で、ケアの道へ入っていくことに繋がります。


事故から1ヶ月程経って少し気分も落ち着いた頃、家の近くを散歩すると梅の花が1輪咲いていました。

「あぁ、私、生きてていいんだな。」

とそのとき実感しました。

今思えば間違いなく、あの事故は私の人生の転換点です。

あれからはどこかボーナスステージのような気がしています。


時々、自分の毒々しさや偽善に嫌気がさすと、

「あの場面で相手を思いやれたくらいだから、私、大丈夫よ。」

と思い直します。

最強のシールドが発動することを経験してしまったのですから、感謝して喜んで生きようって。


今朝の散歩で見た梅の花、今年もきれいに咲き始めました。

春が来ます。

「体は魂の乗りもの」なんて言われます。

どこに行くか、何をするか、私たちは脳で考えているようですが、もっと奥底では魂が司令を出しているのかもしれません。


血縁は遺伝子が近いので、顔つきや体格も似ることが多いです。

でも、兄弟でも性格も嗜好も違いますし、同じ出来事に対する感じ方や向き合い方はそれぞれです。

例えば、肉体は車体、頭脳はエンジン、運転手は魂・・・とイメージしてみます。

トヨタさん家の車は大体トヨタ風な見た目だけれど、エンジンの性能やパワーは家族それぞれ、運転手の目的地もルートも全然別々…そんな感じでしょうか。

ちなみに、運転手を守る装備やナビゲーターや同乗者などが霊かなと思うのですが、そのあたりはまたいつか。



さて、気になるのが、車体とエンジンと運転手(とそれを守るもの)の相性。

この相性が良くなくて、生きづらさを感じている方がいらっしゃるように思います。


大きな車に小さなエンジンでは、パワー不足です。

小さな車に大きなエンジンでは、エンジン性能を持て余しそうです。

運転手はアグレッシブに走りたいのに、か弱い車ではもどかしそう。

日々の風景を味わいながらエコに走りたいのに、普段乗りがF1カーでは困ります。

そして何より、運転手の目的地を無視して車が勝手に暴走したら、大変なことです。


これらの相性を整える役に立ちたくて、私はケアをしています。

暴走脳はクールダウンし、肉体も整備され、パワーの発揮できる条件が整って、魂の目的地へ向かう羅針盤が機能を取り戻す。

主導権は自分の魂。

体にご飯が必要なように、魂にも愛や芸術や調和やいっぱい栄養を摂って。

そんな風に在れたらいいなと思うのです。



魂は別々の星から来ていたり、生まれ変わりの回数も今世の課題も様々かも。

そもそも、以前は肉体なんてなくて自由にテレポートできる星で暮らしていたとすれば、地球で肉体に宿ること自体、違和感極まりないかもしれません。

私にはその辺りを解明してレクチャーできる能力はありません。

でも私自身、こんなストーリーを考えていると、少し生きやすい気分になるのです。

この不自由を味わうことが今世のエンタメ、なんて楽しんでみるのもいいかなと。

普段どうやって呼吸しているかなど、あまり考えませんね。

実は、肺には自力で膨らむ力はありません。

どんな風に動いているかを知ると、楽な呼吸、良い呼吸のヒントになりそうです。


肺は、胸骨・肋骨・胸椎(背骨の一部の12個)で囲まれた胸郭というカゴ型の骨組みの中にあります。

胸郭には様々な筋肉が付いていて、下面は横隔膜でお腹と仕切られています。

この胸の空間=胸腔を拡げたり縮めたりする筋肉の動きが、呼吸のカギになります。


息を吸うときは、横隔膜や肋間筋が胸腔を拡げます。

閉じた空間が拡がるとそこの圧力は低くなる(陰圧)ので、肺は周りに引っ張られて膨らみます。

そうして空気が入ってくる仕組みです。


息を吐くときは、肺自身が元に戻ろうとして縮む力で空気を吐きます。

自然に吐くときはあまり使っていませんが、胸腔を縮める役目の筋肉もあります。

胸やお腹をグッと絞ると、吐いた後でも更に吐き出すことができますね。


このように、肺の動きは受動的なのです。

参考 模型で見る呼吸のしくみ NHK for School


という訳で、良い呼吸のためには、胸郭の動きを良くしたい。


呼吸しながら、肩を上げ下げしたり、背中を丸めたり胸を張ったり、上半身を左右に倒したりねじったりすると、呼吸に関係する筋肉のストレッチになるので、息がしやすくなるのがわかります。

肋骨の間や胸の骨の継ぎ目に指を当てたり擦ったりするのも、とても良いケアになります。


また、私がときどきするのは、普通に息を吸ったあと更にまた吸って止めて、グッと胸腔に圧をかけてみること。

胸の骨の継ぎ目がミシミシっと動き始めるような感覚があります。

これは、膨らませた風船を揉むパターンです。

少し上級になると、息を吸わずに胸腔を拡げて、陰圧で刺激してみること。

こっちは膨らませる前の風船を揉む感じなのですが、出来る方いらっしゃるでしょうか?


こんなことをやってみると、息が深く楽に入るようになります。

風船を揉んで柔らかくすると、楽に膨らむのと同じです。



歳を重ねたり、寒さだったりで、

「肋骨の間が痛くて・・・・。」

という声を、このところ続けて聴きました。

呼吸が浅くなりがちな季節、ちょっとしたケアで取り戻せるものもあります。

肺の動きに少し意識を向けて見られるのはいかがでしょうか。

AVA血管=動静脈吻合(どうじょうみゃくふんごう)をご存知ですか?

耳にするようになったのはここ数年のような気がします。


通常、心臓から送り出された血液は動脈を通って毛細血管に入り、細胞へ栄養と酸素を届け、二酸化炭素と老廃物を受け取り、毛細血管から静脈へ入って心臓へ戻ります。

ところが毛細血管を介さずに、動脈と静脈を直接つなぐ血管があるのだそうです。

それが、AVA血管。

手のひら、足の裏や指、頬などに多くあります。

太さは毛細血管の約10倍、血流量は1万倍もあり、体温調節に役立っています。


暑いときはAVA血管が拡張して血流を増やし、体内の熱を外へ発散します。

寒いときは収縮して血流を絞り、命に直結する体幹の熱が逃げないようにします。

そのため、血流量の減った末端の手足は冷えてしまう訳です。



とてもとても暑かった昨年の夏、さかんに

「熱中症対策には、ペットボトルを握って手のひらを冷やすと良い。」

など報道されていました。

暑さでAVA血管が拡張して血流量が増えている手のひらを冷やし、冷えた血液を体の中へ戻してやることで、効果的に体温を下げようというのです。

保冷剤を握ったり、手や足を水に浸けても良いのですが、あまり冷たすぎると逆にAVA血管が収縮してしまうので、15℃くらいが良いそうです。



では、寒いときは手のひらを温めれば効果的でしょうか?

手袋をしたり、カイロやホットドリンクの容器を握ったり・・・。

あたたかくはありますが、末端を温めてもなかなか劇的な冷え解消とはいかないですね。

熱中症対策とは少し事情が違うようです。


AVA血管の拡張収縮は環境温度によりますし、体の表面積や皮下脂肪などによる個人差もあるのだそうです。

確かに、冷えの感じやすさや辛さは人それぞれですね。

共通して言えるのは、AVA血管の収縮(=冷え)を避けるのに効果的なのは、首や顔を冷やさないようにすること。

首や顔には冷えセンサーが多いので、マフラーやタートルネックの服やマスクなどで温めると、AVA血管が開いて血流が増し、末端が温まります。

確かに、手袋はなくてもタートルは手放せないと思う今日この頃。



寒波到来で、雪が続きそうです。

事故などないようご無事で、首元を暖かくしてお過ごしください。

人間国宝・野村万作さん、萬斎さん、裕基さん親子3世代の狂言を鑑賞してきました。

貴重な機会、ありがたかったです。


能に比べると狂言は少し軽いような低いような印象をお持ちの方もあるらしいのですが、600年以上の伝統を持つ、日本の誇る文化です。

狂言には、およそ260の演目があるそうです。

今回鑑賞した「宗論」は、宗派の異なる僧が互いに自分の宗旨に改宗させようと論争し、最後には仏の教えに隔てはないというところに至ります。

狂言によく出てくる太郎冠者も、主に咎められはしても、事が過ぎればまた仲直りするのだろうなと想像させます。

そういうお題が沢山あるとのこと。

万作さんのお話から、「狂言の笑いだけではなく、もっと深いところも汲み取れるよう、観る方にも成長して欲しい」という様な想いを受け取りました。

確かに笑いというのは、観るものに委ねられるものが大きいなぁと感じます。



狂言は、

人間の習性や本質をするどく切り取って、大らかな「笑い」や「おかしみ」にしてしまう

とのこと。

狂言と川柳には通じるものがある気がしています。


私の父は川柳をライフワークにしてきました。

私はやりませんが、小さいときからいつも身近に育ってきました。

川柳も同じ575の俳句からすると劣るようなイメージをお持ちの方もいらっしゃるようで。

サラリーマン川柳は敷居を下げてはくれましたが、ダジャレで笑い・笑わせることが川柳の全てではありません。

川柳は俳句のように季語は必要なく、自由に詠むことができます。

季節に感じることも、喜怒哀楽も、全てがテーマです。

以前新聞に取材していただいたとき、父は

「人の脇に手を回して無理に笑わせるような川柳は品位に欠ける。一読して、くすっと上品に笑わせる川柳を詠みたいですね」

と答えていました。


父の川柳のお仲間たちは、冠婚葬祭イベント事いろいろな場面で句を寄せ合っていました。

結婚、出産、新築などお祝い事には祝吟(しゅくぎん)。

どなたかが亡くなると弔吟(ちょうぎん)。

お仲間の多くが旅立たれてしまったのですが、その中のお1人の句をご紹介します。


新築の木の香と灘の生一本 岩橋三馬


三馬(さんば)さんはお酒屋さんで、いつもニコニコ、とても可愛がってくださいました。

「灘の生一本」は家主の好きな銘柄だったのか、気質も生一本な方だったのか。

お祝いに持って行かれたのか、配達先でのことだったのか、自分の新築だったのか。

17文字から感じたり想像したりすることは、読み手の自由です。

三馬さんが亡くなられたあと、父を中心に遺句集を作りました。

本のタイトルを『生一本』として、墓前に本とお酒を供えて報告したそうです。

そんなことを知ってこの句を読むとまた、人の繋がりや故人の笑顔やいろいろなことを想ってジーンとしてしまいます。



笑いの奥にあるもの、笑いに乗せて届けるもの。

時に深みを汲んだり笑い飛ばしたり、自由でいいなと思います。

昔の資料を読んでいたら、その頃のお知り合いから連絡があって、ケアの予約をいただきました。

そんなことがあると、見えない世界はあるのだなと思います。

「ほら、あるんだよ。」

というような出来事を時々見せられては確認します。


ケアの師匠が、「偶然の積み重ねが奇跡」そう言っていました。

1つ1つの出来事はちょっとした偶然に見えても、たどり着いた先から振り返ってみるとまさに奇跡。

皆さんもそんな経験をお持ちではないでしょうか。

1つ1つを取り出してみたとき、決して良いこと(にみえること)ばかりではないのが面白いところです。

志望通りの学校や就職先と縁がなかったり、病気を患ったり、辛い別れがあったり、足止めをくったり。

渦中では、もがいたりあがいたり苦しんだり悲しんだりするのも存分に味わいながら・・・ですが、だからこそたどり着ける今があるのだから、色々心配しなくてもいいんだなと思うのです。


ケアを受けに来てくださるクライアントさんには、

「よくここまでたどり着いてくださいましたね。」

と愛おしい気持ちで手を当てます。

出逢いに感動しすぎて半ベソになっていたりすることもあるので、あまり見せられたものではないですね。

この頃「陽圧・陰圧」について考えていたとき、ふと思い出しました。


初めて東京ドームに行ったとき一番驚いたのは、ドームを出るときの風圧でした。

屋根の膜を支えるためにドーム内は外より気圧を少し高くしてあるそうで、入るときや中に居るときはわからないのですが、外に出ようとすると物凄い勢いの風にポーンと弾き出されます。

台風並みの風速20メートルくらいなのだとか。


周りよりも気圧が高い状態を「陽圧」、低い状態を「陰圧」といいます。


例えば、精密機器を扱うクリーンルームや食品工場は陽圧にして、外気が流れ込まないようにしてあります。

ホコリや雑菌が入り込んでは困るからです。

屋根膜を内側から空気で支えている東京ドーム内も陽圧ということになりますね。


コロナ禍で時々耳にした感染隔離室は、陰圧にしてあります。

ウィルス等で汚染された可能性のある空気を室外に逃さないようにして、感染拡大を防止するためです。



ケアをする際、患部を触れないときや触って良いかためらわれるときは、他の箇所を手当てします。

他が流れればそれが陰圧を生んで、本来手当てしたい箇所の老廃エネルギーが吸い出される感じがします。

また、他が満ちればそれが陽圧となって、病んでいる状態が拡がらない感じがします。

直接アプローチできなくても、他にもやれることはあるものですね。