今日もほんわか

心と体のほんわか手当てをしています。

日常やケアを通して感じることを綴るブログです。

皆さまがご自分らしい元気で満ちますように。

堤 文子



ひな祭りのお菓子「菱餅」、子どもの頃は一層ずつ剥いで食べるのが好きでした。

一説によると、植物の「ヒシ」は繁殖力が強いため、その形を模した菱餅に子孫繁栄や長寿の願いを込めたのだとか。

3つの色は、

桃色 「魔除け」 (桃の花)

白色 「清浄」または「子孫繁栄」 (雪)

緑色 「健康」 (新芽)

を意味し、雪の下には新芽が芽吹き、上には桃の花が咲いているように見立てているのだそうです。

初めて知りました。


私たちの体にも菱形の筋肉があるのをご存知ですか?

菱形筋(りょうけいきん)といって、背骨と肩甲骨の内側縁を繋いでいます。

肩甲骨を寄せて胸を広げる、肩をすくめる、手を背中側に回す動きなどで働く筋肉です。

若々しく健康な背中は、菱形筋が肩甲骨をググッと引き寄せることができるので、天使の羽のように見えますね。

でも、デスクワークやスマホなど長く同じ姿勢でいると猫背になりやすく、また心因性のストレスや老化でも背中は丸まりがち。

菱形筋の動きが悪くなり、肩甲骨が胸郭に張り付いたように動かなくなったり、本来真後ろにあるべき肩甲骨がハの字に開いて背中から滑り落ちて肩が内側に入ったりしてしまいます。

菱形筋は背中表面にある僧帽筋の奥にあるので直接は触りにくいですが、肩こりで肩甲骨の間の奥の方が辛いな〜というときは、菱形筋の動きが悪くなっているかもしれません。

書きながら私自身「あ゛~」と思い当たるのですが。



菱形筋をストレッチして血行が良くなると、肩こり改善や綺麗な姿勢に繋がります。

両腕を前に伸ばして組んで、息を吐きながらおへそを覗き込むように背中を丸めるストレッチ。

自分をぎゅーっと抱きしめるハグストレッチ、などなど。

ネットにたくさん紹介されていますので、ご自分に取り入れやすいものを探してみるのはいかがですか。

2007年1月、家へ帰る夜道を運転中、交通事故に遭いました。


向こうこっち1車線ずつの住宅街の割と主要な通りを走っていると、右の脇道から一時停止することなくフラフラと軽自動車が左折しようと出てきました。

対向車のライトはすぐそこまで来ていて、あぁもうこれはぶつかるなと直感。

ブレーキを踏みつつ、目一杯左に寄せます。

対向はクレーン付き2トントラックで、反射的に軽自動車を避けて、私に突っ込んで来ました。

近づいてくるトラックのライトがパーッと明るく、SF映画のシールドに包まれたようで、恐怖感はありませんでした。

後から、映画『マトリックス』のトリニティーが、トラックが突っ込んでくる電話ボックスから瞬間ワープしたシーンみたいだったなと思ったりして。

衝突の瞬間ブレーキを抜いたので、かなり押し戻された模様。

ほぼ正面(若干オフセット)衝突でしたがエアバックも出ず、体が挟まれるようなこともなく、車の前の方はぐっしゃりでも修理可能な程度。

相手のトラックは軸が折れて道を塞いでしまい、脇道の軽自動車はコソッとバックして無関係かのように停まっていました。

3台とも同乗者はなし。


トラックの運転手さんが血相を変えて飛んで来られました。


ト「大丈夫ですかっっっ!?」

私「大丈夫です。あなたは大丈夫ですか?」

ト「僕?…は・・・大丈夫です・・・けど。」

私「お互いよかったですねぇ~。」


たぶん大惨事を想像しておられて、拍子抜けしたのでしょう。

私は、とっさに「あなたは大丈夫ですか?」と出た自分に安心しました。

普段いくら良い人ぶってみても、こういう場面では素の自分が出るもの。

私の根はそう悪い人間でもなかったようです。



その後はなかなかドラマチックでした。


軽自動車の運転手さんとトラック運転手さんとの言い合い。

軽「僕じゃない、僕は関係ない。」

ト「あんたが出て来たのを避けて、こげんなったったいっ!」

(詳細記述は自粛)


それを聞きながら自分で110番に電話して事故処理。


他の車は通れないので、警察の方がUターンの誘導をしてくださっていると、車から降りてきた女性がひとしきり文句を言って、

「もーっ!なにやってんのよっ!」

と捨て台詞。

え?なにって、だから事故です、こちら命拾いホヤホヤです、はい。

お急ぎのご事情があられたかもしれませんが、その警察の方は何も悪くないです。


そんなこんな事故処理がほぼ終わる頃には、寒さと緊張と衝撃とで吐き気がしてきたので、念のため救急車で病院に運んでもらい、検査で異常ないことを確認しました。



翌日だったか、双方の運転手さんがそれぞれ謝罪に来られました。

軽自動車の運転手さんは、奥さまとご一緒に。

ご主人はまだ「自分のせいじゃない」と思っておられたのか口下手なのか、下を向いてモゴモゴと謝っているのか何なのかという感じ。

ただ、奥さまの誠意は伝わりました。

風邪気味で薬を飲んで少しボーっとしていたところ、自宅が近くなって気が緩んだのだろう。

「あのまま(軽の運転席側に)トラックが突っ込んでいたら、夫の命は無かったと思います。

こんなことになって本当に申し訳ないですが、あなたは命の恩人です。」

と、謝罪と感謝を繰り返しておられました。

事故現場でのご主人の言動にあきれ果ててはいましたが、誰も命を落とさず大ケガもせずに済んだことに、ここでも私、

「よかったですね。」

と思ってしまう訳です。



ただ、大ケガはなかったとはいえ、その後は様々な不調に苦しむことになります。

シートベルトの打ち身、首肩のハリ、左手首が痛くて反せない、眼の充血、歯の詰め物がとれる、うつ症状など。

でもそれがあったお蔭で、ケアの道へ入っていくことに繋がります。


事故から1ヶ月程経って少し気分も落ち着いた頃、家の近くを散歩すると梅の花が1輪咲いていました。

「あぁ、私、生きてていいんだな。」

とそのとき実感しました。

今思えば間違いなく、あの事故は私の人生の転換点です。

あれからはどこかボーナスステージのような気がしています。


時々、自分の毒々しさや偽善に嫌気がさすと、

「あの場面で相手を思いやれたくらいだから、私、大丈夫よ。」

と思い直します。

最強のシールドが発動することを経験してしまったのですから、感謝して喜んで生きようって。


今朝の散歩で見た梅の花、今年もきれいに咲き始めました。

春が来ます。

「体は魂の乗りもの」なんて言われます。

どこに行くか、何をするか、私たちは脳で考えているようですが、もっと奥底では魂が司令を出しているのかもしれません。


血縁は遺伝子が近いので、顔つきや体格も似ることが多いです。

でも、兄弟でも性格も嗜好も違いますし、同じ出来事に対する感じ方や向き合い方はそれぞれです。

例えば、肉体は車体、頭脳はエンジン、運転手は魂・・・とイメージしてみます。

トヨタさん家の車は大体トヨタ風な見た目だけれど、エンジンの性能やパワーは家族それぞれ、運転手の目的地もルートも全然別々…そんな感じでしょうか。

ちなみに、運転手を守る装備やナビゲーターや同乗者などが霊かなと思うのですが、そのあたりはまたいつか。



さて、気になるのが、車体とエンジンと運転手(とそれを守るもの)の相性。

この相性が良くなくて、生きづらさを感じている方がいらっしゃるように思います。


大きな車に小さなエンジンでは、パワー不足です。

小さな車に大きなエンジンでは、エンジン性能を持て余しそうです。

運転手はアグレッシブに走りたいのに、か弱い車ではもどかしそう。

日々の風景を味わいながらエコに走りたいのに、普段乗りがF1カーでは困ります。

そして何より、運転手の目的地を無視して車が勝手に暴走したら、大変なことです。


これらの相性を整える役に立ちたくて、私はケアをしています。

暴走脳はクールダウンし、肉体も整備され、パワーの発揮できる条件が整って、魂の目的地へ向かう羅針盤が機能を取り戻す。

主導権は自分の魂。

体にご飯が必要なように、魂にも愛や芸術や調和やいっぱい栄養を摂って。

そんな風に在れたらいいなと思うのです。



魂は別々の星から来ていたり、生まれ変わりの回数も今世の課題も様々かも。

そもそも、以前は肉体なんてなくて自由にテレポートできる星で暮らしていたとすれば、地球で肉体に宿ること自体、違和感極まりないかもしれません。

私にはその辺りを解明してレクチャーできる能力はありません。

でも私自身、こんなストーリーを考えていると、少し生きやすい気分になるのです。

この不自由を味わうことが今世のエンタメ、なんて楽しんでみるのもいいかなと。

普段どうやって呼吸しているかなど、あまり考えませんね。

実は、肺には自力で膨らむ力はありません。

どんな風に動いているかを知ると、楽な呼吸、良い呼吸のヒントになりそうです。


肺は、胸骨・肋骨・胸椎(背骨の一部の12個)で囲まれた胸郭というカゴ型の骨組みの中にあります。

胸郭には様々な筋肉が付いていて、下面は横隔膜でお腹と仕切られています。

この胸の空間=胸腔を拡げたり縮めたりする筋肉の動きが、呼吸のカギになります。


息を吸うときは、横隔膜や肋間筋が胸腔を拡げます。

閉じた空間が拡がるとそこの圧力は低くなる(陰圧)ので、肺は周りに引っ張られて膨らみます。

そうして空気が入ってくる仕組みです。


息を吐くときは、肺自身が元に戻ろうとして縮む力で空気を吐きます。

自然に吐くときはあまり使っていませんが、胸腔を縮める役目の筋肉もあります。

胸やお腹をグッと絞ると、吐いた後でも更に吐き出すことができますね。


このように、肺の動きは受動的なのです。

参考 模型で見る呼吸のしくみ NHK for School


という訳で、良い呼吸のためには、胸郭の動きを良くしたい。


呼吸しながら、肩を上げ下げしたり、背中を丸めたり胸を張ったり、上半身を左右に倒したりねじったりすると、呼吸に関係する筋肉のストレッチになるので、息がしやすくなるのがわかります。

肋骨の間や胸の骨の継ぎ目に指を当てたり擦ったりするのも、とても良いケアになります。


また、私がときどきするのは、普通に息を吸ったあと更にまた吸って止めて、グッと胸腔に圧をかけてみること。

胸の骨の継ぎ目がミシミシっと動き始めるような感覚があります。

これは、膨らませた風船を揉むパターンです。

少し上級になると、息を吸わずに胸腔を拡げて、陰圧で刺激してみること。

こっちは膨らませる前の風船を揉む感じなのですが、出来る方いらっしゃるでしょうか?


こんなことをやってみると、息が深く楽に入るようになります。

風船を揉んで柔らかくすると、楽に膨らむのと同じです。



歳を重ねたり、寒さだったりで、

「肋骨の間が痛くて・・・・。」

という声を、このところ続けて聴きました。

呼吸が浅くなりがちな季節、ちょっとしたケアで取り戻せるものもあります。

肺の動きに少し意識を向けて見られるのはいかがでしょうか。

AVA血管=動静脈吻合(どうじょうみゃくふんごう)をご存知ですか?

耳にするようになったのはここ数年のような気がします。


通常、心臓から送り出された血液は動脈を通って毛細血管に入り、細胞へ栄養と酸素を届け、二酸化炭素と老廃物を受け取り、毛細血管から静脈へ入って心臓へ戻ります。

ところが毛細血管を介さずに、動脈と静脈を直接つなぐ血管があるのだそうです。

それが、AVA血管。

手のひら、足の裏や指、頬などに多くあります。

太さは毛細血管の約10倍、血流量は1万倍もあり、体温調節に役立っています。


暑いときはAVA血管が拡張して血流を増やし、体内の熱を外へ発散します。

寒いときは収縮して血流を絞り、命に直結する体幹の熱が逃げないようにします。

そのため、血流量の減った末端の手足は冷えてしまう訳です。



とてもとても暑かった昨年の夏、さかんに

「熱中症対策には、ペットボトルを握って手のひらを冷やすと良い。」

など報道されていました。

暑さでAVA血管が拡張して血流量が増えている手のひらを冷やし、冷えた血液を体の中へ戻してやることで、効果的に体温を下げようというのです。

保冷剤を握ったり、手や足を水に浸けても良いのですが、あまり冷たすぎると逆にAVA血管が収縮してしまうので、15℃くらいが良いそうです。



では、寒いときは手のひらを温めれば効果的でしょうか?

手袋をしたり、カイロやホットドリンクの容器を握ったり・・・。

あたたかくはありますが、末端を温めてもなかなか劇的な冷え解消とはいかないですね。

熱中症対策とは少し事情が違うようです。


AVA血管の拡張収縮は環境温度によりますし、体の表面積や皮下脂肪などによる個人差もあるのだそうです。

確かに、冷えの感じやすさや辛さは人それぞれですね。

共通して言えるのは、AVA血管の収縮(=冷え)を避けるのに効果的なのは、首や顔を冷やさないようにすること。

首や顔には冷えセンサーが多いので、マフラーやタートルネックの服やマスクなどで温めると、AVA血管が開いて血流が増し、末端が温まります。

確かに、手袋はなくてもタートルは手放せないと思う今日この頃。



寒波到来で、雪が続きそうです。

事故などないようご無事で、首元を暖かくしてお過ごしください。

人間国宝・野村万作さん、萬斎さん、裕基さん親子3世代の狂言を鑑賞してきました。

貴重な機会、ありがたかったです。


能に比べると狂言は少し軽いような低いような印象をお持ちの方もあるらしいのですが、600年以上の伝統を持つ、日本の誇る文化です。

狂言には、およそ260の演目があるそうです。

今回鑑賞した「宗論」は、宗派の異なる僧が互いに自分の宗旨に改宗させようと論争し、最後には仏の教えに隔てはないというところに至ります。

狂言によく出てくる太郎冠者も、主に咎められはしても、事が過ぎればまた仲直りするのだろうなと想像させます。

そういうお題が沢山あるとのこと。

万作さんのお話から、「狂言の笑いだけではなく、もっと深いところも汲み取れるよう、観る方にも成長して欲しい」という様な想いを受け取りました。

確かに笑いというのは、観るものに委ねられるものが大きいなぁと感じます。



狂言は、

人間の習性や本質をするどく切り取って、大らかな「笑い」や「おかしみ」にしてしまう

とのこと。

狂言と川柳には通じるものがある気がしています。


私の父は川柳をライフワークにしてきました。

私はやりませんが、小さいときからいつも身近に育ってきました。

川柳も同じ575の俳句からすると劣るようなイメージをお持ちの方もいらっしゃるようで。

サラリーマン川柳は敷居を下げてはくれましたが、ダジャレで笑い・笑わせることが川柳の全てではありません。

川柳は俳句のように季語は必要なく、自由に詠むことができます。

季節に感じることも、喜怒哀楽も、全てがテーマです。

以前新聞に取材していただいたとき、父は

「人の脇に手を回して無理に笑わせるような川柳は品位に欠ける。一読して、くすっと上品に笑わせる川柳を詠みたいですね」

と答えていました。


父の川柳のお仲間たちは、冠婚葬祭イベント事いろいろな場面で句を寄せ合っていました。

結婚、出産、新築などお祝い事には祝吟(しゅくぎん)。

どなたかが亡くなると弔吟(ちょうぎん)。

お仲間の多くが旅立たれてしまったのですが、その中のお1人の句をご紹介します。


新築の木の香と灘の生一本 岩橋三馬


三馬(さんば)さんはお酒屋さんで、いつもニコニコ、とても可愛がってくださいました。

「灘の生一本」は家主の好きな銘柄だったのか、気質も生一本な方だったのか。

お祝いに持って行かれたのか、配達先でのことだったのか、自分の新築だったのか。

17文字から感じたり想像したりすることは、読み手の自由です。

三馬さんが亡くなられたあと、父を中心に遺句集を作りました。

本のタイトルを『生一本』として、墓前に本とお酒を供えて報告したそうです。

そんなことを知ってこの句を読むとまた、人の繋がりや故人の笑顔やいろいろなことを想ってジーンとしてしまいます。



笑いの奥にあるもの、笑いに乗せて届けるもの。

時に深みを汲んだり笑い飛ばしたり、自由でいいなと思います。

昔の資料を読んでいたら、その頃のお知り合いから連絡があって、ケアの予約をいただきました。

そんなことがあると、見えない世界はあるのだなと思います。

「ほら、あるんだよ。」

というような出来事を時々見せられては確認します。


ケアの師匠が、「偶然の積み重ねが奇跡」そう言っていました。

1つ1つの出来事はちょっとした偶然に見えても、たどり着いた先から振り返ってみるとまさに奇跡。

皆さんもそんな経験をお持ちではないでしょうか。

1つ1つを取り出してみたとき、決して良いこと(にみえること)ばかりではないのが面白いところです。

志望通りの学校や就職先と縁がなかったり、病気を患ったり、辛い別れがあったり、足止めをくったり。

渦中では、もがいたりあがいたり苦しんだり悲しんだりするのも存分に味わいながら・・・ですが、だからこそたどり着ける今があるのだから、色々心配しなくてもいいんだなと思うのです。


ケアを受けに来てくださるクライアントさんには、

「よくここまでたどり着いてくださいましたね。」

と愛おしい気持ちで手を当てます。

出逢いに感動しすぎて半ベソになっていたりすることもあるので、あまり見せられたものではないですね。

この頃「陽圧・陰圧」について考えていたとき、ふと思い出しました。


初めて東京ドームに行ったとき一番驚いたのは、ドームを出るときの風圧でした。

屋根の膜を支えるためにドーム内は外より気圧を少し高くしてあるそうで、入るときや中に居るときはわからないのですが、外に出ようとすると物凄い勢いの風にポーンと弾き出されます。

台風並みの風速20メートルくらいなのだとか。


周りよりも気圧が高い状態を「陽圧」、低い状態を「陰圧」といいます。


例えば、精密機器を扱うクリーンルームや食品工場は陽圧にして、外気が流れ込まないようにしてあります。

ホコリや雑菌が入り込んでは困るからです。

屋根膜を内側から空気で支えている東京ドーム内も陽圧ということになりますね。


コロナ禍で時々耳にした感染隔離室は、陰圧にしてあります。

ウィルス等で汚染された可能性のある空気を室外に逃さないようにして、感染拡大を防止するためです。



ケアをする際、患部を触れないときや触って良いかためらわれるときは、他の箇所を手当てします。

他が流れればそれが陰圧を生んで、本来手当てしたい箇所の老廃エネルギーが吸い出される感じがします。

また、他が満ちればそれが陽圧となって、病んでいる状態が拡がらない感じがします。

直接アプローチできなくても、他にもやれることはあるものですね。

散歩しながら景色を眺め、あれこれ想いを馳せるのが好きです。

いろんなことを感じて、いろんなアイディアが浮かびます。

好んで考えごとをしているのですが、頭が疲れてくると瞑想モードで歩きたくなります。

でも、考えるまいと思っても考えてしまうのが性。

先日なんとなく掛け声をしながら歩いてみたところ、

「そうか!こんなとき役に立つのか!」

とその効果を感じました。


お神輿の「ワッショイ!ワッショイ!」

山笠なら「オイサッ!オイサッ!」

ランニングの「イチ、ニ!イチ、ニ!」


重かったりきつかったり怖かったりする場面で考えごとをしていては、力を削がれてしまいます。

掛け声をすると、前頭前野の働きを抑えて、余計な考えを減らすことができるのだそうです。

頭の中から雑念を追い出して、集中力を高め、運動パフォーマンスを上げてくれる。

運動面・メンタル面どちらも効果が期待できますし、一体感も生まれます。

チームの足並み、心と体のリズムも揃ってきそうです。


散歩に合う掛け声は何かなぁ~と、あれこれ試してまた考えてしまっている自分に笑いながら・・・でした。

年の瀬になると何故だか、

「あれもしなきゃ、これもしなきゃ。」

と慌ただしいですね。

今年と来年に境界がある訳ではなく、同じように1日1日過ぎていくのですが、区切りをきれいに迎えたい。

日本文化は律儀で美しいと思います。

でも、あれもこれも頑張らなきゃと思うと息苦しくなってしまいますね。


友人がこんなことを教えてくれました。

「◯◯をしなきゃ。」

と思ってしまう時点でストレス。

「◯◯をしよう。」

と言い換えると楽になる、と。

しなきゃのストレスから解放されて、楽しくやる、無理ならやらない。

それくらいでいいやと思う年末です。



1年間ありがとうございました。

皆さまどうぞ良い年越しを。

来年もまぁるくまぁるく。

自分や身近な人の身に起こって初めてわかることがあります。


私の場合、母が変形性膝関節症で膝が痛くなって知ったことが色々ありました。

まず、階段は上りより下りの方が大変だということ。

健脚であれば、階段は上りの方が疲れるので、上りエスカレーターがあると助かります。

でも、脚が悪い人にとっては、下りの衝撃の方が辛いのだそうです。

下りの着地では体重の6~8倍もの負担が膝関節にかかるといいますし、転倒のリスクも下りの方が大きくなります。

近ごろはバリアフリー化が進んでいますが、以前は上りエスカレーターしかない公共施設もありました。

スペースや経費の都合上仕方なかったのでしょうが、健康な疲れた人を想定した仕組みだなぁと思ったものです。


次に、階段の手すり。

構造的に片方にしか手すりがなかったり、ものが置いてあったり、人が立ちはだかっていたり・・・。

「使える方を使えばいいじゃないですか。」

と言う人がいましたが、そうはいかないのですねぇ。

具合によって、手すりが欲しい側が限定されることもあるのです。

杖は基本的に、痛い側と反対の手に持ちます。

その方が、痛む脚の負担を減らせて楽になるからです。

手すりの場合は人それぞれの足運びで反対の手とは限らないかもしれませんが、どちらでもいいとはいかないようです。


そして、もう1つ。

「脚が痛いのなら、エレベーター(エスカレーター)を使えばいいじゃない。」

という声。

確かにそうかもしれません。

でも、外出してなるべく動くことを大切なリハビリの機会にしていらっしゃる方もおられます。

「出かけたときくらい階段を使うようにしないと、どんどん歩けなくなるからねぇ。」

と伺ったことがあります。



ちなみに母は両膝とも人工関節になり、痛みから解放されて元気に出かけてまわっています。

87歳になりましたが、プールで水中運動して泳いでメンテナンスして・・・、我が母ながら偉いなぁと思います。

階段を下りるときはクルリと後ろ向きになって、手すりを持ってスタスタ下りていきます。

その身になってわかること、なったらなったでそれなりに工夫して暮らしていくこと、母を見ていると学びます。

私たちの細胞の核にあるDNAのうち、遺伝子の情報が載っているのは2%足らずだそうです。

遺伝子は「体の設計図」で、それに基づいてタンパク質が構築され、体を作ったりホルモンなどの量やタイミングを調整したりしています。

親から子へ遺伝情報を伝えているのも遺伝子です。


では、残り98%は何をしているのでしょう?

使われていない部分や働きが判明していないことから、かつては「ジャンクDNA」という言い方もされました。

ジャンクというと、無駄、ゴミと捉えてしまいがちですが、そこにこそまだ認識されていない機能があるかもしれないと研究が進んでいます。



DNAの解明について考えるといつも、宇宙の物質のことを連想してしまいます。


宇宙の星やガスの雲など、私たちが見ることのできる物質は5%足らずなのだとか。

残りは今の技術では観測できない「ダークマター」と「ダークエネルギー」だそうです。

宇宙に存在する物質の内訳
 通常の物質 4.9%
 ダークマター 26.8%

 ダークエネルギー 68.3%

ダークマターは見えないのに重力がある暗黒物質、ダークエネルギーは宇宙の膨張スピードを上げる暗黒のエネルギー。

正体は明らかになっていませんが、宇宙の構造や行く末に深く関わっていると考えられています。



いま観測できる物質をかたち作る数パーセントと、未だ謎に包まれた90数パーセント。

何だか共通するものを感じてしまいます。

これからどんな秘密が解き明かされていくのでしょうね。