2007年1月、家へ帰る夜道を運転中、交通事故に遭いました。
向こうこっち1車線ずつの住宅街の割と主要な通りを走っていると、右の脇道から一時停止することなくフラフラと軽自動車が左折しようと出てきました。
対向車のライトはすぐそこまで来ていて、あぁもうこれはぶつかるなと直感。
ブレーキを踏みつつ、目一杯左に寄せます。
対向はクレーン付き2トントラックで、反射的に軽自動車を避けて、私に突っ込んで来ました。
近づいてくるトラックのライトがパーッと明るく、SF映画のシールドに包まれたようで、恐怖感はありませんでした。
後から、映画『マトリックス』のトリニティーが、トラックが突っ込んでくる電話ボックスから瞬間ワープしたシーンみたいだったなと思ったりして。
衝突の瞬間ブレーキを抜いたので、かなり押し戻された模様。
ほぼ正面(若干オフセット)衝突でしたがエアバックも出ず、体が挟まれるようなこともなく、車の前の方はぐっしゃりでも修理可能な程度。
相手のトラックは軸が折れて道を塞いでしまい、脇道の軽自動車はコソッとバックして無関係かのように停まっていました。
3台とも同乗者はなし。
トラックの運転手さんが血相を変えて飛んで来られました。
ト「大丈夫ですかっっっ!?」
私「大丈夫です。あなたは大丈夫ですか?」
ト「僕?…は・・・大丈夫です・・・けど。」
私「お互いよかったですねぇ~。」
たぶん大惨事を想像しておられて、拍子抜けしたのでしょう。
私は、とっさに「あなたは大丈夫ですか?」と出た自分に安心しました。
普段いくら良い人ぶってみても、こういう場面では素の自分が出るもの。
私の根はそう悪い人間でもなかったようです。
その後はなかなかドラマチックでした。
軽自動車の運転手さんとトラック運転手さんとの言い合い。
軽「僕じゃない、僕は関係ない。」
ト「あんたが出て来たのを避けて、こげんなったったいっ!」
(詳細記述は自粛)
それを聞きながら自分で110番に電話して事故処理。
他の車は通れないので、警察の方がUターンの誘導をしてくださっていると、車から降りてきた女性がひとしきり文句を言って、
「もーっ!なにやってんのよっ!」
と捨て台詞。
え?なにって、だから事故です、こちら命拾いホヤホヤです、はい。
お急ぎのご事情があられたかもしれませんが、その警察の方は何も悪くないです。
そんなこんな事故処理がほぼ終わる頃には、寒さと緊張と衝撃とで吐き気がしてきたので、念のため救急車で病院に運んでもらい、検査で異常ないことを確認しました。
翌日だったか、双方の運転手さんがそれぞれ謝罪に来られました。
軽自動車の運転手さんは、奥さまとご一緒に。
ご主人はまだ「自分のせいじゃない」と思っておられたのか口下手なのか、下を向いてモゴモゴと謝っているのか何なのかという感じ。
ただ、奥さまの誠意は伝わりました。
風邪気味で薬を飲んで少しボーっとしていたところ、自宅が近くなって気が緩んだのだろう。
「あのまま(軽の運転席側に)トラックが突っ込んでいたら、夫の命は無かったと思います。
こんなことになって本当に申し訳ないですが、あなたは命の恩人です。」
と、謝罪と感謝を繰り返しておられました。
事故現場でのご主人の言動にあきれ果ててはいましたが、誰も命を落とさず大ケガもせずに済んだことに、ここでも私、
「よかったですね。」
と思ってしまう訳です。
ただ、大ケガはなかったとはいえ、その後は様々な不調に苦しむことになります。
シートベルトの打ち身、首肩のハリ、左手首が痛くて反せない、眼の充血、歯の詰め物がとれる、うつ症状など。
でもそれがあったお蔭で、ケアの道へ入っていくことに繋がります。
事故から1ヶ月程経って少し気分も落ち着いた頃、家の近くを散歩すると梅の花が1輪咲いていました。
「あぁ、私、生きてていいんだな。」
とそのとき実感しました。
今思えば間違いなく、あの事故は私の人生の転換点です。
あれからはどこかボーナスステージのような気がしています。
時々、自分の毒々しさや偽善に嫌気がさすと、
「あの場面で相手を思いやれたくらいだから、私、大丈夫よ。」
と思い直します。
最強のシールドが発動することを経験してしまったのですから、感謝して喜んで生きようって。