「ふ」が良いとか悪いとか

使うのは西日本でしょうか。

「ふが良かったね。」

というと、運が良かったね、めぐりあわせが良かったね。

「ふが悪かったね。」

というと、運が悪かった、ついていなかったというニュアンスになります。


身に付けて邪気を払い災いを免れるためのおふだを「護符」というように、「符(ふ)」には天や世に通じ示すしるしの意味があります。

そこから、めぐりあわせ、運、天からの知らせとして使われるようになったのでしょう。



この頃は「ふが悪い」で済まさない風潮が強くなっているような気がします。

昔は「不運な出来事・事故だった」としたことも、今では徹底的な原因追及、管理責任を問われます。

悲しみ苦しみ怒りの矛先は、「ふ」というあいまいな神秘ではなく、誰かに向けられるようになりました。

もちろんそれが必要なことも多くあると思いますが、あまりに攻撃的になるのは怖いです。


例えを出すのは難しいですが、公園の遊具問題や、自然の中での事故など。

リスクを完全撤廃しようとすると冒険も自由度もなくなり、何かが生まれる可能性も楽しみも取り去られてしまうように思います。

人智が及ばないことも起こりうる訳で。


あいまいな神秘を排除しすぎると、人の逃げ場もなくなります。

ブラックボックスかプラチナボックスかわかりませんが、「ふ」のような感覚は残しておいた方が心には平和かもしれません。

今日もほんわか

~心と体のほんわか手当て~ ケアサロン ほんわか 堤文子ブログ

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