モモ
私は桃が大好きです。
好きな食べものを訊かれたら、必ず
「世界で一番桃が好き!」
と答えます。
その食い気は置いておいて…。
西洋では林檎が神聖な果物とされます。
アダムとイヴに、白雪姫…。
東洋で神聖な果物といえば桃ですね。
古事記では、亡くなった妻イザナミを追って黄泉の国に赴いたイザナギが、死霊に追われ逃げ帰る際に、桃を3個投げつけて撃退したとあります。
その功績により、桃には神様としての名前「意富加牟豆美命(=大神実命 おおかむづみのみこと)」が与えられ、人々を助けるよう命じられたそうです。
桃太郎は鬼を退治に、理想郷は「桃源郷」だし、中国のお祝い事には桃饅頭。
奈良県の箸墓古墳からは約2800個もの桃の種が見つかり、祭祀に使った可能性が指摘されています。
実のフォルムから女性を象徴したり、木へんに「兆」で子孫繁栄だったり。
桃は破邪退魔・不老長寿の果物です。
また、果肉を食すだけではなく、蕾や種の中の仁(じん)も生薬として、葉は入浴剤などにも用いられます。
神話の世界だけではなく、生活に根付いて大切にされてきたことが解ります。
『ネバーエンディング・ストーリー』で有名な作家ミヒャエル・エンデの作品に、『モモ - 時間どろぼうと ぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語』(1973年 ドイツ)があります。
廃墟となった円形劇場に住み着いた女の子モモは、不思議な魅力で街の人々を穏やかに幸せにします。
モモは、人の話に黙って耳を傾けることができました。
モモと話した人は、自然と解決法が浮かんできて、心が軽くなります。
ところが、あるとき街に時間泥棒たちが現れ、人々は時間を奪われイライラ働くようになってしまいます。
友だちを失ってしまったモモは、時をつかさどるマイスター・ホラに会いに行き、時間の秘密を知ります。
物語の中の時間泥棒たちは、人々の心から「時間の花」の花弁を盗み、それを葉巻にしてふかすことで自らの命を繋いでいます。
葉巻が切れると時間泥棒は消滅してしまうので、人から奪い続けているのです。
その葉巻の毒の煙は時を汚し、毒の煙を吸った人々は重い病気にかかります。
時間や資本主義、心のあり方について、深い智慧に満ちているように思います。
コロナ禍で、『モモ』は今また多くの人に改めて読まれているそうです。
映画を見返して、印象に残った場面がありました。
時間の秘密を知ったモモが、このことを友だちに話して良いかマイスターに尋ねると、
「まず待つ事を学ぶのだ。
植物の種が土の中でじっと眠って、太陽が回るのを待つように。」
と諭されます。
この頃「自分の中で言葉が熟するまで待つ」ことの大切さをしみじみ感じます。
書きたいことや語らなきゃと思っていることはあっても、なかなか文章にできないこともあります。
それはきっとまだその時ではないのでしょうね。
美味しく熟した桃を食べたときの、全身全霊にエネルギーが満ちていくような感覚。
きっと言葉も、熟したそのタイミングで放てば、必要な方にちゃんと届けることができるのでしょう。
それにしても、ドイツ出身のエンデが、なぜモモという名前を選んだのでしょう。
日本が大好きだったそうですが、名前の由来を説明したことはなかったとか。
『ネバーエンディング・ストーリー』を翻訳された日本人女性と結婚されているので、モモが桃だということはご存知だったでしょう。
マミムメモの発音は、一度口を閉じて鼻に抜きながら発するので、1音1音を大切に作らなくてはなりません。
赤ちゃんは、マ行の音などから言葉を覚えていきます。
ママやマンマ(ごはん/お母さん)、フランス語のメール(海)など、マ行には命を連想する言葉も多くあります。
ドイツやイタリアの俳優さんが語りかける「モモ」という響きも、何とも柔らかで優しく聴こえます。
桃=モモの柔らかで甘くかぐわしい魅力は、きっと世界共通ですね。
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