時がある

先日、出掛けていた母が「気になっていた人と再会できた。」と喜んで帰ってきました。

出がけに突発的な用事が入り、バス停ではご近所さんに捕まってバスを3本見送り、たぶん当初の母の思惑より1時間は遅くなっていたと思われます。

でも、お陰で再会が叶いました。


一見うまくいってないように思えることが、後から思えば成功の種だったということがあります。

ご縁ってそんなことが多いですね。

タイミングが少しずれただけで出会えない。

エゴで繋ぎ止めようとしても、繋がらなかったり狂ったり。



旧約聖書に『コヘレトの言葉』というものがあります。

12章からなる詩文で、「伝道の書」や「伝道者の書」とも呼ばれるそうです。

宗教的な背景や深いところは解りませんが、詩として感銘を受けたので一部ご紹介させていただきます。


天が下のすべての事には季節があり、すべてのわざには時がある。
生るるに時があり、死ぬるに時があり、
植えるに時があり、植えたものを抜くに時があり、
殺すに時があり、いやすに時があり、
こわすに時があり、建てるに時があり、
泣くに時があり、笑うに時があり、
悲しむに時があり、踊るに時があり、

石を投げるに時があり、石を集めるに時があり、

抱くに時があり、抱くことをやめるに時があり、

捜すに時があり、失うに時があり、

保つに時があり、捨てるに時があり、

裂くに時があり、縫うに時があり、

黙るに時があり、語るに時があり、

愛するに時があり、憎むに時があり、

戦うに時があり、和らぐに時がある。


 引用元[コヘレトの言葉 第3章]

先週いつもの神社を訪ねたら、奉納から2度目の春を迎える桜が蕾をつけていました。

「今を生きよ」というメッセージを感じます。

今日もほんわか

~心と体のほんわか手当て~ ケアサロン ほんわか 堤文子ブログ

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